小さいころから人前は緊張する。人に注目されたいという気持ちは(恥ずかしながら)あるし、ほめてもらうのも嬉しい。誰よりてっぺんに立ちたいという気持ちまである。ずいぶん前、職場の先輩に一度「負けず嫌い」と形容されたとき、思いがけない言葉すぎてギョッとしたけれども、たしかに自分にはそういうところがあるのだと気づかされた。そうです、負けず嫌いです。誰より上に行きたい。誰より、なんて思うあたりがみっともないというか、身の程知らずと云うかで、思う端から打ち消したくなるのだけれども、それはたしかに私のなかにある。相反するものでも同じ身体の中で生きていける。成長したい。先まで行きたい。

けれど一人で人前に立つとか、そういうプレッシャーにとても弱い。事前の自信や、あの勇ましい気持ちはどこへやら、さあどうだとスポットライトをあてられたときの、あの恥ずかしさと自省の気持ちといったら。なんで注目されたいなんて思ったんだろうと、もう二度としないと、毎回思う。身の程を知ろう。お前にできるのは結局その程度、素敵なものなんかつくれない。見せられない。もう二度と口にすまい。

同じような理由で有言実行もできない。だまっていれば夢想して、ああしてこうして、きっとこんな素敵なことが!と妄想たくましい。けれども「これからこういうことをします」と宣言した途端、それがビックリするほど色あせて、全然やりたくなくなる。だからわりとぎりぎりまで何も云わないようにしている。その試みはわりとうまくいく。黙ってもくもくとつくりあげ、できあがったら公表する。そのほうがうまくいく。ぎりぎりまで夢を見る。

プレッシャーに負けて、やらなくちゃいけないという気持ちに負けて、ただ苦しいだけになる。楽しい気持ち? そんな、すぐに溶ける砂糖菓子みたいなもの、もうここには見当たらない。ただ苦くて黒くて冷え切って、飲む気のおこらないコーヒーがあるだけだ。はやく流しに捨ててしまおう。

最近、それをやらかした。みっともないし恥ずかしいし、申し訳ないし、数日の間かなり処遇に迷い悶々として胸を痛めていたのだけど、でも苦しさにまけていさぎよく謝ることになった。で、謝ってから、とんとんと四六時中胸をたたきつづけた苦しさの出所を考えていた。

「プレッシャーに負ける」。「プレッシャー」。って結局、どうして感じて、私はそれに負けちゃうの?

もうひとつ、最近考えたこと。ドキドキして弱腰になったことがある。それは仕事の打ち合わせ中にふと尋ねられた、「そろさんてエロいけますか?」という問いかけ。

エロかー!

自分は性的なコンテンツも楽しんで消費できる健全な成人である。エロコンテンツはぶっちゃけファンタジーだし、この世にぜひとも存在してほしいものである。消費者としては。実に健全。性欲、上等。私は人間の感情をなぞるのが好きだ。それは性欲も同じである。いやーたまらんなあ。

けれどもいざ自分が仕事を受注するとなると、有害図書指定とか、青少年保護条例とか、いろんなことがが走馬灯のように脳裏をよぎって、どうしても及び腰になるところがあった。それ、受注して、自分大丈夫? 社会的に抹殺されたりしない? 国家に消されたりしない? 法律的にはどうなの? 大丈夫? そんな内心のぐるぐるをごまかすように、「そういえば描いたことないですねー!」とごまかした。…あの、笑ってくださってよくってよ。

で。

私の場合、プレッシャーにまけることと、エロに対する及び腰は、根っこは同じなんじゃないかとふと気づいた。要するに、私自身の考え方が確立してないのだ。私自身が、私のあたまで考えていないから、寄る辺なさに震えて、無暗におびえるのではないだろうか。

「俺はこう考えるよ。だから俺は、俺の責任でこれを引き受ける。でもこっちはダメ。というのもこういうふうに考えているから、ダメだと思う。引き受けられない。」

そういうふうに、自分の頭で考えていない。考えたものが自分の中にない。だからいちいちぐらつくし、どうしたらいいのかわからない。一本筋がとおってない。

もちろんその考えは、変わったっていい。いろいろ知ったり、出来事を体験したりして、修正したり、組みなおしたり、変化していって構わない。

社会人としてとか、もちろんそういうこともあるんだけれど、それよりまず私がひとりの人間として、この世界で生きていこうとするんなら、もっと自分の頭で考えて、考えて、ひとつずつそれを積み上げていって、血肉にして、世界からなげられた問いかけをその血肉によってキャッチしていかねばならんのではないか。と思った。

緊張したり、ドキドキしたりするのが変わらないとしても、自分の頭でちゃんと考えようとして、考えて、組み立ててみようとしなくては。私自身の血肉をつくるのは私自身で、他の誰でもない。この世にただひとつの正義などない、絶対悪や、絶対の善すらない、と思っているのなら、自分の立場について、もっと考えてみなくては。勉強しようとしなくては。

絵を描くことは、世界を知ろうとすること。飲み込もうとすること。そして考え、考え抜くこと。さらに先まで行こうとすること。

ドキドキする。ドキドキするのは、自分のことを信じてないから。脳みそが、自分をここにつなぎとめる。どうしたらいいの、じゃなく、どうしようか。背筋をしゃんと伸ばす。

好きなものを好きと云う。愛していると云う。おびえながらも迷わず伝える。いまの自分をいまは信じる。歯を、つよく食いしばる。瞼をひらいて、前を見る。強く深く呼吸をして、背筋を、しゃんと伸ばす。

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